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この世界の片隅に

by comari

先日、お休みの日に映画を観にいきました。

「この世界の片隅に」

浜松ではまだ公開していないので、はるばるららぽーと磐田へ。
(シネマイーラは、12月に公開)

なぜこの映画を観ようと思ったのか?

音楽監督が、われらがコトリンゴさんだったから♡(いたってシンプル。)
だから、いい映画だろうと。(どんな内容かもよく知らずに・・・。)

私が芸術作品を鑑賞する時の基本スタンスは(映画は特に)、「ハッピーエンドであること」をわりと重視しています。
(鑑賞後、1週間くらいひきずることもあるので・・・。)
それと、普段生活している中で、気持ちがおもくなることをあえて選択したくない。
というのもあります。
でも、それではダメだ。と、最近思っていて・・・。

さて、今回の映画の話にもどります。

「この世界の片隅に」は、昭和20年、広島の呉が舞台となっています。
戦時中の広島=原爆。

戦時中の話なので、軽い話ではないのは確かなのですが、ゆるっとした主人公の「すずさん」のキャラクターや声や雰囲気がなんとも癒されるんですよね。

「すずさん」のゆるさがあるからこそ、
戦争の陰の部分がすごく際立って見えて、

誰かに感情移入したから悲しい、とかではなくて、「戦争」が日常を壊していく「時代」がとにかく悲しくてコンタクトが2回外れるほど泣ける事件がおきました。

心に残っているのは、
「怪我の治りがはやくてよかったね」みたいな感じで、不幸中の幸い的なニュアンスで、「〇〇〇でよかったね」とみんながすずさんに声をかけてくれるのを回想するシーンがあるんですけど、そこですずさんが、「なにがよかったのかわからん!」って、怒りを露わにする場面です。

絵をかくのが上手なすずさんが、絵をかく手を失ってしまった。
(この設定がまず、ぐっとくるんですけど)

「戦争」がなければまず手を失うことも、大切な命を失うことも、ごく当たり前の日常でさえも失なわれることもなかったでしょう。なのに、よかったね。で片付けてしまわなければやってられない悲しさ。

「時代」のせいで、自分の好きなこと、好きなひと、好きなもの、なんてことのない日常が、失われることへの怖さ。

戦争を経験しての、今があることを
やはり忘れてはいけないと思いました。

逆に、新たな発見だったのは、
戦時中の人たちってもっと偏った思想だと思っていたのですが、
案外、今と変わらないとこもあるんだな~と。

たとえば、今なんかは震度3の地震がきても、ほとんどの人があまりびっくりしないと思うのですが、
昔は、サイレンがなるのが普通になると、またか~くらいのテンションで防空壕に隠れるみたいな。

あと、玉音放送が終わった後の、おねえさんのひとこととかおもしろかったなあ。

それと、割と最初のシーンでクリスマスの商店街の描写があるんですけど、
サンタコスしてるお兄さんとかいて、戦前からそういった文化があったことに地味に驚きました。
他にも、物語の登場人物はほとんど元素名だったり。
声優陣も、個人的に好きな声優さんがめっちゃいい仕事しておられました。(細谷さん、小野Dさん♡)
まだまだ書きたいことがたくさん!


こんな感じで、物語に集中力がいきすぎて、音楽をかみしめる余裕があまりなかったのですが、サントラは心が落ち着いてからでないと、想い出して泣くループになってしまうので、もう少し様子を見てゲットしたいなーとおもっています。笑

とりあえず、来月のコトリンゴさんのライブにいくのが、かなり楽しみになった♡
ということが確かになりました!


※文中の写真は、学生時代に広島へいったときのものです。
今回の映画を見て、改めて広島旅行の写真を見返してみたのですが、とあまり写真が残っておらず、、、。
まだiPhoneが普及していない時代で、写真は基本デジカメでとってました。
なので、さっとすぐに写真でおさめる習慣が、自分にも世間にも恐らくなかった時だったのだなあと。(遠い目)
日記にもきちんも残していないので、
感覚的なものしか心に残っていなくて
残念です。
これからは、出来る限り、
写真と記録は残そうと思いました♡

(ブログのお付き合い、よろしくお願い致します!)

*comari*



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